イラク派兵に反対する

平成15年11月1日

はじめに

 先月17日、ブッシュ大統領が来日し日米首脳会談が行われた。その席で小泉は陸上自衛隊の年内イラク派遣を明言、資金提供についても無償15億ドル、2007年までの4年間で有償資金を含めて総額50億ドル(約5500億円)を拠出することを表明した。その結果、自衛隊は12月にイラク南部のバスラ北方地域などにまず先遣隊約150人、ついで年明け以降に550人前後の本隊が派遣される見込みとなった。

 一方、イラク人への主権委譲の時期、多国籍軍の指揮権、国連の役割について揉めに揉め続けて来た米英と仏独露は漸く合意に達し、先月16日「イラク新決議1511号」が国連安保理で全会一致で採択された。だが、採択された決議は米英両国を中心とする占領統治を認めたものの主権移譲の明確な時期については触れておらず、仏独露は決議に賛成はしたものの結局派兵も資金提供もしないことを早々と決め、イラク復興問題で国際的合意が図られたとは言えない。このため23、24の両日マドリードで開かれたイラク復興支援国会議でも、具体的な支援を表明した国は一部に留まることになった。

 そのイラクでは戦後復興が一向に進捗しないばかりか、ここに来て各地で大規模な同時多発テロが相次ぎ治安は一層悪化の一途を辿っている。8月に国連事務所がテロの標的となりデメロ国連事務総長特別代表が爆殺されたのはまだ記憶に新しいところだが、先月26日には訪問中のウォルフォウィッツ米国防副長官がテロの標的となり、ついで27日には赤十字国際委員会の事務所も標的となり、5月1日の「戦闘終結宣言」から先月28日までの米兵の犠牲者は計116人に達し、イラク戦争中の戦死者115人を超える最悪の事態に陥っているのである。


イラクで何が起こっているか?

 アメリカの対イラク開戦の論理は極めて明快であった。ブッシュ大統領は3月の開戦演説で、「米国は自国の安全保障のために武力を行使する主権を有する」と述べるとともに「国連安保理は責任を果たさなかったため、我々がその任にあたる」と断言した。国際の安全と平和に責任を負う国連安保理が機能不全に陥ったため、主権国家の自衛権を発動して自らの安全を確保するというのである。確かに国連安保理は1991年以来イラクの大量破壊兵器の廃棄を求めるための決議を自ら16回も成立させながら何一つとして実効的な手段を取らず、そのためブッシュは政権発足以来イラクをイラン、北朝鮮と共に「悪の枢軸」と決め付け、その打倒を最優先の外交課題として来た。

 そして2年前、実際アメリカはイスラム原理主義者の同時テロの洗礼に見舞われ、「悪の枢軸」が密かに貯め込む大量破壊兵器とそのテロリストへの拡散の現実的的恐怖に身悶えすることになった。まずアルカイーダやタリバンらイスラム原理主義者の巣窟になっていたアフガニスタンに攻め込み、そして今年3月「悪の枢軸」のまず最初の標的として満を持してイラク開戦に踏み切った。この際仏独露らは主権独立国家への「先制攻撃」は”大義”がないと猛反発するが、アメリカは国連の権威と従来の米欧同盟の伝統と絆を無視してまでフセイン掃討に乗り出す。同時テロ以降アメリカの安全保障が危殆に瀕していた以上独立国家の主権発動として当然のことであり、戦争の”大義”はあったのである。

 湾岸戦争でフセインを討ち漏らしたブッシュ親子の執念、フセインを打倒して再びこの地の石油資源を支配し、中東秩序を根本から再編するというネオコン主導の国家戦略も勿論作用したこと言う迄もない。


虚しさだけが残る進駐軍。
トーキョーとバグダットを同列視したアメリカよ、如何に。

 だが戦争には圧勝したものの、悪化の一途を辿る治安が如実に証明している様にアメリカの戦後イラク統治は完全に失敗したと言わざるを得ない。上に述べた様にイラクでは米兵・米軍施設だけでなく国際機関が相次いで大規模テロの標的となり、何よりも米兵の犠牲者はイラク戦争中の戦死者を超える最悪の事態に陥っている。このためブッシュの支持率は急落し始め、野党の民主党は来年の大統領選挙を睨んで撤退論をあからさまに吹聴し始めていている。

 イラクの治安改善が進まない理由として、(1)周辺国からのイスラム過激派・原理主義勢力の潜入 (2)フセイン政権残党らが大量の兵器を隠匿し抵抗している (3)米国の同盟・友好国の派兵が期待通りに進捗しない−−などの点が指摘されて来た。このため開戦前はあれ程尊大に振る舞っていたブッシュも先の「イラク新決議1511号」採択に於ける妥協の様に、ネオコン主導の一国主義から国際協調路線に転換し各国からの派兵取り付けに躍起となっている。

 だが大国の仏独露は既に派兵しない方針に決しているうえ、もう一つの常任理事国中国は派兵の意思は最初からさらさらない。ブッシュが頼みとするインドも米英とイスラムの衝突に巻き込まれるのを恐れて体よく派兵を断った。同じイスラム教国のトルコはアメリカの必死の要請で派兵を決めたものの、今度はイラク人が旧宗主国の派兵に猛反発しこれも先行き不透明になりつつある。イラクと同じアラブ・イスラム教各国はイスラム過激派・原理主義勢力の反発を恐れて、どこの国も一兵すら送り込もうとしていない。この虚を突いてイスラム過激派・原理主義勢力とフセイン政権残党が結合して一挙に大規模テロ攻勢に打って出ているのである。

 危惧された通り、アメリカは「文明の衝突」の罠に陥ってしまったのである。当事国のアメリカでさえ撤退論が沸騰し、また同じアラブ・イスラム教各国すら同胞を助け様としないのに、何故縁もゆかりもない日本がのこのこ派兵し火中の栗を拾う必要があるというのか? 中東地域の紛争の根底にはキリスト教とイスラム教の歴史的因縁があり、両教と歴史的纏綿のない日本は「文明の衝突」に安易に巻き込まれる様な出兵は断じてすべきでないのである。


イラク支援法の問題点

 自衛隊は派兵に向けて今準備の真っ最中だが、その根拠となっているのが7月26日に成立し「イラク人道復興支援特別措置法」である。この法律はフセイン政権崩壊後のイラク復興協力を加盟国に要請した「国連安保理決議1483号」を踏まえている。政府はこの決議、というよりブッシュの強力な圧力を受けて、自衛隊派遣のための根拠法を検討。治安の定まらぬイラクの戦後復興のためには、任務遂行上他の援助がなくても自己完結的に行動できる自衛隊の派遣が必要であり、PKO(国連平和維持活動)参加のための「PKO協力法」や、アフガンで作戦中の米軍等への支援に限定した「テロ特措法」での派遣は困難であるため、新たにイラク支援法の制定を決めたのである。

 この法律は基本的には「テロ特措法」と同じで、ただ派遣場所がアフガンからイラクに変わっただけである。したがってその内容も、派遣地域も「非戦闘地域」に限定し、派遣任務も米英軍への「後方支援」であり、派遣される自衛隊員の武器使用も「正当防衛と緊急避難」に限定しているのである。

 2年前の「テロ特措法」の時も述べたが、まず問題は自衛隊員の武器使用を「正当防衛と緊急避難」に限定している点である。イラクの治安はテロリストやゲリラが暗躍し、毎日の様に襲撃、テロ事件が起きて多数の死者が出ている。その混乱の極にある中派遣される自衛隊員は、自分以外に(1)共に現場にいる他の自衛隊員(2)文民であるイラク復興職員(3)職務に伴って自己の管理下に入った者――にしか携行する武器を使用出来ないのである。

 これではどうやって「任務遂行上他の援助がなくても自己完結的に行動できる」というのだ。全ては怯懦な官僚が憲法が禁止する「武力行使」に抵触しないように姑息にも余りに狭く解釈しているためである。これでは不意に襲撃を受けても部隊として有効な反撃が取れず、その結果派遣される自衛隊員に死人が出ることは火を見るより明らかであろう。これに賛成した政治家はその場合、一体どうやって責任を取るというのだ。 

 次に、「後方支援」とは言え苟も一国の正規軍を戦地に派遣するのである。国家として自衛隊を国軍として遇し、隊員に軍人たる名誉と誇りを付与しなければならないこと言う迄もない。武器使用基準の緩和は言うに及ばず功労勲章、戦地手当、運悪く戦死者が出た際の国家的合祀と遺族への充分な補償等々。イラク特措法にはこれらについて何の規定もなく、ただ行って死んで来いと言わんばかりの態度で余りにも欠陥だらけと言わざるを得ないのである。

 そして最大の問題点は、今回も「集団的自衛権の行使」の問題をクリアーしなかったことである。小泉はアメリカのイラク戦争を世界に先駆けて真っ先に支持し、その支援は我が国の「国益」に合致すると強調した。ならば、同盟国アメリカと共に戦い共に血を流すことがもっと、もっと我が国の「国益」に合致し日本のためであった筈である。

 が戦闘中は派兵もせずに只だ傍観し、戦争が終わると急遽時限立法を拵えて一国の正規軍をこそこそ「非戦闘地域」の「後方支援」に小出ししようとする。こんな同盟関係が一体有り得るのか。この「片務性」が対米従属をますます強め、以下に論ずる様にますます日本を自縄自縛に陥れているのである。「集団的自衛権の行使」は首相の決断一つで解決する問題で、小泉自身その見直しを公約に掲げて2年前に総理・総裁に就任したのではなかったか。立場が違って我々は今回の自衛隊派兵には反対であるが、国家として余りにも無定見、卑怯で惰弱と断ぜざるを得ないのである。


日米同盟の陥穽

 自衛隊イラク派兵に賛成する論者は必ず以下の様に言う。日本はアメリカの核の抑止力に全面的に依存し、空母戦闘群、弾道ミサイルなど通常戦力でも依存している。さらに軍事情報、自衛隊が装備する軍事技術もアメリカ頼りだ。石油資源の9割を海外に依存し、シーレーンをアメリカに頼っているのが実情である。しかも今、日本は北朝鮮の核・ミサイルの脅威に直面し何時それが飛んで来るか分からない状況下にあり、しかも日本単独ではこの北朝鮮の脅威に対抗する手段を何も持っていない。そのアメリカがイラクで困ってアメリカの青年が血を流している時、予見される北朝鮮の脅威に対抗するためにも防衛を全面依存している日本としてはアメリカを支持する以外に方法がない、と。

 だが、これ程おかしな議論もまたとあるまい。この論によると、結局日本はアメリカのやること、為すこと全てを無条件に支持し、かつアメリカの言いなりとなって何もかもアメリカの軍事行動に追随しなければならないことになる。確かに今、日本はアメリカの核と通常兵力に守られている。だがそれは戦後日本が「憲法9条」を盾に軍事を何も自分で担保しようとせず、挙げてアメリカに依存する「小日本主義」に終始して来たためである。日米安保同盟にしても独立主権国家なら当然行使できる「集団的自衛権」を殊更矮小に解釈して日本自ら「行使」を封印して来たのである。

 北朝鮮の核・ミサイルの脅威と挙げ募るが、自衛のためであれば「核保有」さえ可能なことは岸内閣時代の確立した政府答弁で、技術的にも今すぐにでも可能なのである。ミサイルも通常兵力に至っては世界第二位の経済大国の日本がその気になって軍備増強すれば、今すぐにでも北朝鮮の基地など爆撃破壊出来ることは言う迄もないのである。それを何もかも全て自ら封印して何もせず、北朝鮮の脅威云々だからアメリカを支持する以外に方法がないとは、本末転倒も甚だしい暴論と言う他ないのである。


イラク

イラク戦争は単なる「文明の衝突」ではない。大国の奢りの結末は、歴史が証明している。


 周知の様にアメリカの同盟国である仏独はイラク開戦にも戦後のイラク復興にも頑強にアメリカに抵抗して来た。これまでフセインと組んでイラクの石油利権を支配し膨大な債権を持っていたため、これらをアメリカに奪われたくなかったし、アメリカ主導の中東再編が自らの国益と真っ向から背反するためである。アメリカの準同盟国となったロシアにしても中東全域の地政学的主導権を握ろうと陰に陽に様々な画策を試みた。中東の石油利権を狙う中国は一貫にしてアメリカと付かず離れずの距離感を保った。これが堂々たる大国の当然の外交、国策というものである。

 前述した様にイラク情勢はキリスト教とイスラム教の「文明の衝突」の様相をますます呈しており、この両教と歴史的纏綿のない日本はアメリカに追随して「文明の衝突」に安易に巻き込まれるべきでなく、逆に今こそ欧米とは異なる独自の中東政策を確立してその恒久和平に貢献すべきなのである。その世界史的大策もなく、一も二もなくアメリカに追随しようとは国家に対する反逆以外の何ものでもない。総じて言えば、「小日本主義」=日米同盟の陥穽を脱却し「大日本主義」への転換こそが日本喫緊の課題として突き付けられているのである。



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