「疾風怒濤の十年」へ「小泉改革」と対峙せよ

平成13年8月1日

信任された「小泉改革」

 小泉内閣発足後初の国政選挙となった参院選は二十九日投票が行われ、自民、公明、保守の与党三党は参院での過半数維持に必要な六十三議席を大きく超え、自民党は改選議席の六十一を上回る六十四議席を獲得して大勝した。国民が「聖域なき構造改革」を掲げた小泉首相に信任を与えた結果といえ、与党三党は早速党首会談を開いて現在の連立体制を継続することを確認した。一方民主党は改選議席(二十二)を上回ったものの、改選数一の「一人区」で全敗し都議選に続いて党勢の伸張に歯止めが掛かった。共産、社民両党も改選議席をほぼ半減して惨敗に終わった。自由党は選挙区で二議席を獲得して善戦した。注目された投票率は56・44%で、平成十年の前回選挙を2・4ポイント下回り歴代三位の低さだった。
 今度の参院選は支持率に多少の低下がみられたものの、依然高い小泉人気が吹き荒れる中で行われた。小泉旋風を追い風に自民党は前回選挙で議席を失った東京、大阪など大都市部で次々に議席を回復し、「一人区」では沖縄で十五年ぶり、青森で九年ぶりに議席を回復するなど二十七選挙区のうち二十五選挙区で勝利。比例代表でも過去最も多かった昭和六十一年の二十二議席に迫る二十議席を獲得し圧勝した。一方民主党は「小泉構造改革」に真っ向から挑戦し「政権交代なくして改革なし」のスローガンを掲げて戦ったが、東京、大阪、京都などの複数改選区で議席を確保し改選議席の二十三議席を上回ったものの、しかし複数当選を目指した長野では前職の一人が落選。岡山、広島でも前職が落選したほか、比例代表も伸び悩んで、目標としている二十七議席到達にはわずかに及ばなかった。
 自民党の圧勝を如実に証明するのが比例区での得票で、自民党は比例代表で全体の38・57%、民主党得票総数の二・三五倍を超える二千百十一万票を集めた。参院選比例代表で自民の得票数が二千万票の大台に乗ったのは昭和六十一年の第十四回選挙以来で、改選議席(四十八議席)の四割を超える二十議席を獲得した。比例の党派別得票数で自民に続くのは、比例で八議席を獲得した民主党で八百九十九万票。以下、公明党八百十九万票▽共産党四百三十三万票▽自由党四百二十三万票▽社民党三百六十三万票▽保守党百二十七万票−の順であった。
 こうした小泉=自民党の圧勝の結果からみて、今度の参院選で「小泉構造改革」は国民から圧倒的な信任を得たと総括できる。それでは小泉=自民党の圧勝の原因を如何に考えるべきであろうか。これは先月の「主張」で述べたものがそのまま当て嵌まるであろう。即ち、まず第一に指摘しなければならないのは時代的閉塞感であろう。バブル崩壊以降のこの10年改革の必要性が声高に叫ばれながら、しかしその改革は細川、小沢、橋本と悉く失敗に帰し日本は益々じり貧の一途を辿って来た。そして今最後に小泉が登場し、これまでにない本格的な改革をやろうとしている。国民も最後の希望の星として小泉に全てを託そうとしているのである。時代的閉塞感にともなう英雄願望、これが大受けしない筈がない。だから90%にも迫る憲政史上にも希な記録的支持となっているのである。次に、その改革の中身もこれまでの細川、小沢、橋本と違って、小泉は自民党歴代政権がこれまで一貫してうやむやにしてきた憲法改正、外国人参政権付与、集団的自衛権の行使、靖国神社公式参拝などについて、いずれもはっきりとした姿勢を明確にしており、所謂私が言うところの「中日本主義」改革なのである。冷戦崩壊以降我が国は国力に相応しい世界史的貢献を求められており、日本そのものも占領憲法の弊衣を脱ぎ捨て国力に相応しい世界史的秩序形成を必要としている。小泉は今まさに世界が要請し日本そのものの渇望であるこの「中日本主義」の時代精神を全身に体現しているのである。したがってこれがそう簡単に国民的支持を失うとは考えられないのである。


中身が問われる「小泉改革」

 この様に「聖域なき構造改革」路線は国民の圧倒的信任を得たが、小泉政権はこれから改革に向けて本当の正念場を迎える。今度の選挙でも民主党、自由党は「小泉改革」の具体論の欠如を批判したが、今後は改革を実現していくための優先順位や戦略、タイムスケジュールを明確に提示しなければならない。構造改革の各論テーマは枚挙にいとまがないが、道路特定財源、地方交付税、特殊法人などで具体論をどれだけ提示できるか、また構造改革にともなう「痛み」をより具体的に示していけるかが問われることになる。即ち、不良債権処理によって予想される倒産激増、失業者増大といった事態にいかに対処するか、失業者支援のセーフティーネットや新産業創出のシナリオを如何に提示するかである。そのうえで「痛み」の向こうにどんな明るい未来が展望できるのか、首相はこれらをきちんと国民に対して具体的に訴える必要がある。
 そうした前途の多難を象徴するかの様に、三十日の東京市場の平均株価は参院選で小泉政権が信任を得たにもかかわらず、バブル崩壊後の最安値を更新した。好材料となるはずの選挙結果は予想通りと受け止められ、むしろこの日発表された六月の鉱工業生産指数が四か月連続で前月比マイナスとなったことで、景気の先行きに対する不安が広がったためである。日本経済は政府も認める様に今物価下落と景気後退が同時進行し、経済全体が縮小していくデフレ・スパイラルの瀬戸際にある。さらに景気の後退は日本だけではなく、世界経済の牽引役を務めてきた米国経済は急減速し、堅調だった欧州経済にもブレーキがかかっている。世界同時不況を懸念する声も強まり、「9月危機」説が流布されてもいる。新聞が書き立てている様に、株価の急落はデフレの進行を抑える具体策を早急に打ち出すよう、市場が小泉政権に警告を発したものと見ることができる。日本が直面しているこうした困難な状況を直視すれば、今真っ先に取り組むべき緊急課題は景気対策ということになる。それも従来型のものではなく、改革のための改革と両立する景気対策である。
 しかし首相は選挙後の記者会見で、「改革なくして成長なし」との立場から、先に決定した「経済財政運営の基本方針」(所謂「骨太の方針」)に基づく改革を着実に実行する考えを改めて強調。株価低迷についても「一喜一憂しない」としている。だが景気が底割れすれば不良債権が急激に膨らみ、企業倒産や失業が増大する。そうなってしまえば社会不安が高まり構造改革どころではなくなってしまう。改革実行の足場を固めるためにも、今補正予算編成を含む改革のための積極的な景気対策が必要不可欠になってきている。次の焦点は、道路特定財源、地方交付税の見直しや特殊法人改革などの成果を、来年度予算編成にどれだけ具体的な形で盛り込むことができるかであろう。道路特定財源の見直しは従来型の無駄な公共事業を抑制するための当然の選択であるし、全体で年間五兆三千億円もの国費を無駄に使っている特殊法人改革は「民間で出来ることは民間にゆだねる」との基本原則に基づいて徹底的に見直さなければならない。更に少子高齢化の急速な進行で年金や医療、介護に関する将来不安が高まっている今、社会保障制度の抜本改革を進めこれを取り除くことも急務となっている。総じて将来を見据えた人とカネの不良部門から成長部門への効率的転換のための総合戦略が不可欠になっている。
 この様に現在小泉政権に要請されているのは改革の具体化とスピードなのである。しかし一方構造改革が本格化すれば、既得権益を失う自民党の族議員や官僚、関係業界団体などの抵抗が本格的に強まることが予想される。小泉首相は抵抗勢力を排除して改革を迅速に進めるため、敢えて圧勝出来るダブル選挙を回避しその時のために解散権を留保したとも言われ、この両者の鬩ぎ合いに注視しなければならない。それから民主党や自由党の改革政策には、小泉政権の改革と方向が一致するものも少なくない。これらが野党の立場を貫き小泉改革の足をひっぱるのか、それとも国家・国益の立場に立脚し構造改革の推進を積極的に後押しして行くのかにも注目しなければならない。かつての「金融国会」のような混乱を再び現出すれば小泉改革は頓挫し、議会政治は今度こそ墓穴を掘ることになるであろう。重要なのは今日本は興亡の岐路に立っているということである。この危機を克服すれば、日本経済は再び強い潜在力を発揮し旧に倍する本物の力を獲得できる。逆に今改革に立ち上がらなければ衰退の道が待っている。「衰退」への道に組みする者は族議員・官僚・関係業界団体であろうと、あるいは民主党・自由党であろうと皆国賊である。「小泉改革」の成否は挙国一致の力を結集できるか否かにかかっているのである。


必至となった政界再編

 この様に「小泉改革」が具体化しスピードアップしてゆけば、当然既得権益を失う自民党の族議員・官僚・関係業界団体などの抵抗が一段と強まることは必至となろうし、民主党・自由党も野党の立場を貫き小泉改革の足をひっぱるなら、「小泉改革」は忽ち暗礁に乗り上げることになるであろう。その時小泉に残された唯一の切り札は衆議院の解散である。そうした意味でこれからは何時解散があってもおかしくない緊迫した波乱含みの政局が続くことになる。今後の政局の流れを観望する時、三つのシナリオが考えられよう。まず一つは、小泉旋風を追い風に抵抗を排除して順調に改革が断行されるケースである。参院選での勝利を背景に小泉首相が改革断行に自信を深めたことは間違いない。最大の抵抗勢力とみられる橋本派も改革への邪魔をする愚を犯さず、首相に今歯向かうのは不利という判断に傾きその結果改革が順調に進む場合である。政治家の自己防衛本能を考えれば、マスコミの囃し立てる改革抵抗勢力というのはフェクションと言うこと事になる。
 第二は、衆議院解散・総選挙のケースである。今月には来年度予算の骨格となる概算要求が本格化し、ここで早くも改革反対の合唱が起こることが考えられる。9月の臨時国会では、守旧派から従来型の株価対策や景気対策などを求める声が強まる可能性も強い。また守旧派の抵抗で改革が行き詰った場合、小泉は国民の人気が衰えないうちに早期に解散総選挙の賭けに打って出る可能性が高い。そして総選挙となれば、自民党は分裂選挙となる。前述したように小泉はこのケースを考えて、敢えて勝てる衆参ダブル選挙をしなかった可能性が強い。
 第三は、小泉が総理のまま自民党を離党し、解散総選挙に打って出る場合である。荒唐無稽のようだが、小泉は選挙戦中の演説で「改革をつぶしちゃえと自民党議員が考えているなら、小泉が自民党をぶっつぶす」と何度も叫んでいる。最後の最後のカードだろうが、その場合は民主党などの野党を巻き込んでの新党旗揚げも考えられる。
 第二、第三の場合なら当然だが、第一のケースであってもやはり政界再編は必至の情勢となるであろう。前に書いた様に小泉の登場によって、鳩山=民主党、小沢=自由党は存亡の危機に追い込まれた。なぜなら小泉改革政権の誕生によって、鳩山=民主党、小沢=自由党のこれまでの「改革」の大義名分が瞬時に吹き飛んだと言って過言ではないからである。だから現状打破を求める国民は鳩山=民主党、小沢=自由党の野党に向かわず、自民党の小泉改革を熱烈に支持したのである。そうだとすれば、小泉改革政権の誕生によって鳩山=民主党、小沢=自由党はまさに存亡の根底的危機に逢着していると言わざるを得ないのである。そして存亡の根底的危機に直面するが故に鳩山=民主党、小沢=自由党は今度の選挙で嵩にかかって小泉改革路線との対決を叫んだのであった。そして党内の求心力維持のため小泉改革路線との対決を今後も貫き通すなら、まず小泉改革路線を熱烈に支持した国民の反発を浴びようし、次いで動揺する所属議員が執行部への批判の火の手を上げるであろう。既に参院選での与野党逆転を目指していた民主党は、党勢の落ち込みの中で鳩山代表ら執行部への批判が再びくすぶり始めている。
 問題は、55年体制の崩壊に伴う自民党の大分裂以来続いている政党の所謂「ねじれ現象」が解消されるかである。現在政党は自民、民主、公明、自由、保守、共産、社民の七つもあるが、現下日本の政治実体に照らせば所謂「小日本主義」と「中日本主義」と「大日本主義」の三つしかないのである。公明、共産、社民は極めつけの「小日本主義」、自由は「中日本主義」で旗幟は鮮明だが、しかるに最大政党の自民党は旧自由党系の「小日本主義」と旧民主党系の「中日本主義」とでは水と油ほどの差があるにもかかわらず、同じ政党に所属して政争を繰り返しているのである。同じように野党第一党の民主党もかつての自民党から社会党まで同居して最も基本の安全保障政策一つきめられないのである。政党政治の原点に立ち返るならば理念と基本政策に従って、自民党の「小日本主義」派と民主党の「小日本主義」派が連合しこれに公明党がくっつき、自民党の「中日本主義」派と民主党の「中日本主義」派が連合しこれに自由党が結合するのがスジというものである。ところが現在は政策的にもっとも近い小泉=自民党と小沢=自由党が敵対し、もっとも政策的に隔たっている小泉=自民党と公明党が手を組んでいるのである。これから本格化する小泉「中日本主義」改革に対して小沢=自由党が合流するか、自民党の「小日本主義」派と民主党の「小日本主義」派が連合しこれに公明党がくっつき小泉「中日本主義」改革に反対するのか、理念・基本政策の一致による政界再編が実現するか否か今後はここに注目しなければならないのである。結論的に言えばいずれも無理と言う他なく、従って小泉改革の頓挫も時間の問題と断言せざるを得ないのである。


小泉改革とどう向き合うか

 まず明確にしなければならないのは夙に明らかにしてきた様に、小泉政権の本質は戦後初の「中日本主義」政権であるということである。現在の大衆的支持と熱狂は「中日本主義」が目下世界の要請であり日本そのものの渇望である以上当然のことなのである。そして小泉政権が「中日本主義」改革を目指している以上、「大日本主義」の立場に立つ我々は「中日本主義」派の路線と政策との差異、特に構造改革、日米同盟、首相公選制の三点でその違いを明らかにしてゆく必要があるのである。
 まず看板の「構造改革」は既にみた様に参院選に圧勝してこれから来年度予算の編成を焦点に本格化してゆくが、それがアメリカ流の原理主義的構造改革邁進するならば断固反対しなければならないのである。アメリカが自らの企業文化、経済風土に合わせて独特の改革を成し遂げてナンバー1になった様に、我が国も日本の企業文化、経済風土に根ざした「日本的改革」によって自力で更生し世界のトップを目指さなければならないのである。「日米同盟」でも歴代政権で初めて集団的自衛権の「公海上」での行使を容認する姿勢を明確にし、そのため憲法解釈変更を示唆している。しかしそれが更に進んでアメリカの世界戦略に一方的に奉仕する従属同盟であるならば、同じく断固反対しなければならないのである。「日米同盟基軸」は小日本主義から中日本主義へ蝉脱するための一時の方便でしかなく、決して自己目的化されるものではない。大日本主義の立場は将来の日米国力逆転を睨んで戦略同盟への転換なのである。「首相公選制」も改めてその違いを明確しておく必要がある。中日本主義の「首相公選制」は破産した戦後デモクラシーを彌縫するために天皇制の一層の無化を画策するものである。我々大日本主義の「首相公選制」に対する回答は、首相公選制による破産した戦後デモクラシーの彌縫を断固許さず、戦後デモクラシーを打倒し近代立憲政治の原点=君民共治の「日本国体」の本則にもう一度返ることなのである。
 最後に一点注意を喚起して置きたい。既に述べた様に現在政治・政界の表層は小日本主義と中日本主義に大別されるが、より深層に分け入って日本の政治状況を厳密に分析するならば、「偉大なる日本」を希求する「大日本主義」の潮流も無視すべからざる存在に達しているということである。今度の参院選で自民党は二千百十一万票を集めたが、その実体からみてその三分の一は小日本主義、その三分の一は中日本主義で、残りの三分の一は理念・基本政策で言えば「大日本主義」であろう。同じく小沢が率いて善戦した自由党が集めた四百二十三万票の約半分は間違いなく理念・基本政策で言えば「大日本主義」であろう。そうするとこれを合算して約一千万人は「大日本主義」の支持者ということになる。投票率が約五割だから倍増すれば約二千万人にもなる。只それが政党指導者の中日本主義的限界によって表面に出ず、仕方なく自民・自由両党に投票しているだけなのである。前にも言った様に、欧米の様に民族・宗教・階級対立の歴史を経験しなかった日本にはそもそも本来的に政党政治の存在理由も妥当性もないのである。
 だとするならば、我々「大日本主義」派は堂々己の信念に従って勝利の大道を歩めばいいのである。毛沢東風に言えば、小日本主義と中日本主義・大日本主義は「敵対矛盾」だが、中日本主義と大日本主義は「内部矛盾」ということになる。我々も今こそ戦略論を語らねばならず、戦術論を磨き上げなければならないのである。かねて戦略論で中日本主義が政治の大勢にならなければ我々の出番はなく、戦術論では反共主義・同伴主義は破産し維新革命主義しかないと断言してきたが、この真意を今こそ吟味すべきであろう。今なお「この国のかたち」論が盛んであるが、日本国家の向かうべき道は探求でも議論でもなく天啓と歴史によって与えられるのである。二千七百年の歴史の竿灯に歩さらに一歩を進め、そこで天啓を自覚し得る者のみが救国の関頭に起ち得るのである。小泉「中日本主義」改革の将来的破産を見据え、「疾風怒濤の十年」へ今こそ血路を切り開かなければならない。


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