うねりを見せ始めた小泉改革とその問題点

平成13年7月1日

小泉自民が圧勝した都議選

 小泉政権発足後初の大型選挙となった都議選は自民党が五十三議席を獲得、都市部での長期低落傾向に歯止めをかけて勝利した。事前に予想された「小泉旋風」が如実に有権者の投票行動に表れたといえる。今回の都議選は過去憲政史上でも希な内閣支持率が90%にも達しようという、異様な政治状況のもとで行われた。実際小泉首相の都内遊説はどこでも黒山の様な人で自民党の候補はいずれも圧勝している。各紙の世論調査で自民党の支持率が急上昇し、無党派層からももっとも支持を集める傾向が出ていたが、今回の選挙でそれが如実に実証された形になった。選挙戦中は自民党内でも「首相の個人的人気と自民党への投票は別だ」と高い支持率が投票行動に必ずしも直結しないとの懐疑的な見方が根強かったが、それが完全に覆され世論調査通りの結果が出たのである。無党派層の票は今回民主党や共産党よりも小泉改革に期待を込めて確実に自民党に流れ、これが自民党の勝因となったのである。
 これに対して今回初めて本格的に都議選を戦った民主党は議席を伸ばしたものの、昨年の衆院選で旋風を巻き起こし東京で自民党を上回る大量得票を果たした実績を継承できず公明党をさえ上回ることが出来なかった。民主党が苦戦した最大の要因はやはり圧倒的な小泉人気の影響をもろに受けて無党派層の支持を取り込めなかったことである。もともと組織基盤が脆弱で無党派層頼みの民主党は参院選に向けていよいよ壁にぶつかってしまったといえる。前回の都議選で躍進した共産党が都議会第二党の座からすべり落ちたのは、勿論小泉人気のあおりをもろに受けて無党派層への支持が広がらなかった結果である。冷戦崩壊以降社会主義の瓦解にもかかわらず、何故か共産党は一貫して躍進し続け「雨宿り現象」といわれてきたが、小泉改革の登場によってようやくそれが止まったということである。壊滅した社民党については民主党とほぼ同じことが言えるし、一つも議席を取れなかった自由党には民主党についてと同じことが言えよう。確実なのは両党とも存在理由をすでに失ったということである。
 今回の都議選は今月29日投票予定の参院選の前哨戦として、各党とも総力をあげて戦った。また過去の例に徴すると余程政治状況に変化がない限り、都議選の結果はそのまま参院選でも似たような同じ結果が出ている。つまり自民党が圧倒的な小泉人気に乗って再び圧勝し、1人勝ちするのはほぼ確実になったのである。
 さてそれでは旋風を起こしている小泉人気の実体とは何であろうか。まず第一に指摘しなければならないのは時代的閉塞感であろう。バブル崩壊以降のこの10年改革の必要性が声高に叫ばれながら、しかしその改革は細川、小沢、橋本と悉く失敗に帰し日本は益々じり貧の一途を辿って来た。そして今最後に小泉が登場し、これまでにない本格的な改革をやろうとしている。国民も最後の希望の星として小泉に全てを託そうとしているのである。時代的閉塞感にともなう英雄願望、これが大受けしない筈がない。だから90%にも迫る憲政史上にも希な記録的支持となっているのである。次に、その改革の中身もこれまでの細川、小沢、橋本と違って、小泉は自民党歴代政権がこれまで一貫してうやむやにしてきた憲法改正、外国人参政権付与、集団的自衛権の行使、靖国神社公式参拝などについて、いずれもはっきりとした姿勢を明確にしており、所謂私が言うところの「中日本主義」改革なのである。冷戦崩壊以降我が国は国力に相応しい世界史的貢献を求められており、日本そのものも占領憲法の弊衣を脱ぎ捨て国力に相応しい世界史的秩序形成を必要としている。世界が要請し日本そのものの渇望である「中日本主義」を今まさに小泉が時宜的に体現しているのである。かつてヘーゲルはイエナの野を行くナポレオンを見て「おぉー、世界精神が通る」と絶叫したというが、小泉は今まさに世界が要請し日本そのものの渇望である「中日本主義」の時代精神を全身に体現しているのである。したがってこれがそう簡単に国民的支持を失うとは考えられないのである。しかしこの「中日本主義」も所詮「大日本主義」にとって代わられる運命にあることは、私が夙に揚言して憚らないところである。歴史を引いて論じるなら、小泉の役回りは徳川15代将軍慶喜に他ならないのであって、いずれ挫折する「小泉改革」の後に来るのは明治維新のような「大革命」以外にないのである。そしてその明治維新のような「大革命」の担い手こそが我々新民族主義運動なのである。


相貌を現した小泉改革の問題点

 小泉政権は6月21日、懸案となっている構造改革のプランをまとめた。所謂「骨太の方針」だが、それによると今後二、三年間を「日本経済の集中調整期間」と位置づけ、「短期的には低い経済成長を甘受しなければならない」とし、不良債権の処理や雇用流動化に備えた総合的な政策をとる姿勢を強調。こうした調整期間を経て、真の景気回復として「躍動の十年」が展望できると表現しており、小泉首相は「改革の中身がみえてきた」と高く評価している。より詳しくみると、最優先課題である不良債権処理はより具体的に踏み込み、新しい指標を使い処理の進ちょく状況を厳しく点検するとしている。整理回収機構の機能を拡充させ、銀行が処理に行き詰まった不良債権を受け入れるなど、最終処理に不退転の決意をにじませる。また既得権益の壁に阻まれてきた公共投資、地方財政など歳出構造を洗い直す諸制度の再設計も打ち出した。道路特定財源の見直し、地方の自立を促す交付税や国庫補助金の削減などである。来年度の予算編成はこれにしたがって、国債発行を三十兆円以下に抑える目標を掲げ、情報技術(IT)など需要創出効果の大きい分野に重点配分する一方で、公共投資の縮減など財政効率化をめざす方針を確認している。
 こうした民営化・規制改革や財政改革などのプログラムの底流にあるのは、「健全な競争社会」や「小さな政府」の実現であろう。これまでの政府頼みの場当たりな景気対策からみれば一定の進歩と言える。国と地方で六百六十兆円の借金を抱え、これまでのような大規模な財政出動に頼ることは最早できない。それ故特殊法人の民営化や公共事業予算の縮減、規制緩和といった構造改革に活路を見いだして、民間活力を引き出す以外になくなっている。しかし一方「骨太の方針」では未来志向の文句ばかりがちりばめられているものの、改革に伴う痛みの中身、タイムテーブルの説明が骨抜きにされている。成長率の数値や不良債権処理で予想される失業者数の明示は「竹中メモ」という大臣談話に押しやられてしまったくらいである。不良債権の処理、公共事業の削減などは、一時的にせよ景気にはマイナスに働き倒産や失業増も予想される。竹中経済財政担当相は「どん底三年、15万ー17万人の失業者」と控えめの数字を並べているが、民間のシンクタンクはいずれも100万から150万の失業者増という具体的な数字をはじき出している。しかも与党や省庁の抵抗で当初案に比べ後退した記述が少なくないし、将来不安を和らげる社会保障改革の全体像も不透明である。改革を進めればどれほどの痛みが伴い、その後にどんな経済社会が展望できるのか、ここのところが明確でないのである。
 各種の経済指標が示す様に今年1-3月期の名目GDPは約512兆円で、1年前より1.1%も縮小し景気は確実に悪化の一途を辿っている。この数字は、デフレスパイラルの危機に直面していた三年前の小渕内閣が発足した時の1998年7-9月期のレベルであると言われる。つまりこの3年間日本経済はゼロ成長だった訳である。これがさらに今後3年間も続くことになるのである。よく言われる様に構造改革は短期的にはデフレ要因になる。すでに悪化している日本経済はこれから確実にデフレスパイラルの危機に陥ることになる。一口に「ある程度の痛みに耐えないと明るい展望は開けない」というが、「どん底三年、百万人の失業者増」という未曾有の窮乏生活に果たして国民は耐える事が出来るのか。改革は進まず、景気も悪くなるとなったら、今は熱狂的に支持している国民も一気に掌を返すであろう。
 構造改革という言葉は今や呪文と化した感がある。ニューデール以来半世紀以上も世界を席巻したケインズ主義=社会国家の理想が破産し、新古典派的改革=市場主義が新しい経済社会原理になりつつあることは理解できる。しかし今叫ばれている構造改革はアメリカの実験を我が国でもそのまま踏襲しようとしているのである。クリントンの市場主義改革によってアメリカ経済は確かに立ち直った。しかし「分裂するアメリカ」といわれる深刻な社会分裂を呈しているのである。国家社会が共同体であり、国によって企業文化、経済風土が異なる以上、構造改革という手法も当然それに合致したものでなければならない。ケインズ主義でもない新古典派的改革でもない「第三の道」、日本の企業文化、経済風土に根ざした「日本的改革」があるはずである。小泉の構造改革は「中日本主義」の国家哲学に立脚したアメリカ流の原理主義的な改革であって断固反対しなければならない。歴史を振り返って教訓がある。日本において江戸時代の三大改革の例をみても明らかなように「改革」が成功した例がないこと、改革は必ず「革命」によってしか成し遂げられないのである。


「戦略なき同盟」に傾斜する中日本主義

 小泉はまた6月29日訪米し、キャンプデービッドでブッシュ大統領と初の日米首脳会談を行った。両首脳は会談後「安全と繁栄のためのパートナーシップ」と題した、安全保障、経済、地球的規模の課題における協力強化を盛り込んだ共同声明を発表。声明では日米関係が「共通の価値観、相互信頼、友情に基づくパートナーシップ」であることを確認。両首脳が「揺るぎない同盟の指導者」として信頼関係を構築したことを明記した。さらに安全保障面では日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の継続的な実施を基礎に「さまざまなレベルで安保協議を強化」を決定した。協議の具体的な内容には(1)地域の安保環境の評価(2)兵力構成・兵力態勢(3)安保戦略(4)緊急事態における両国の役割と任務(5)平和維持に関する協力−の五分野を挙げた。
 この様に共同声明は「揺るぎない同盟」のスローガンの下安全保障面における戦略対話の強化を打ち出したが、新味と言えるのは「安保協議を強化」のなかでとくに「緊急事態における両国の役割・任務」が盛り込まれたこと位であった。これで朝鮮半島有事や中台紛争などの「周辺有事」に備え、「現実に機能する安保体制」の構築に向け動きだすことになった。しかし注目の「集団的自衛権の行使」については何も触れていないのである。従来の日米安保協力は、日本の憲法解釈が集団的自衛権の行使を禁じているため、弾薬の輸送ができないなど自衛隊の役割・任務に制約が課せられており、有事の際の実効性に多くの問題を抱えている。米国もそのことに不満を示してきたが、今後ブッシュ政権は安全保障においても「対等のパートナーシップ」の構築を日本に要請、戦略対話の中で集団的自衛権の行使を日本に決断を求めるとみられる。
 しかしブッシュ共和党政権の戦略転換に即応して、2月の日米首脳会談に続きまたしても日本側から積極的に「集団的自衛権の行使」の問題を持ち出さなかったことは明白な失策である。何度も言う様に、我が国は今岐路に立っているのである。戦後これまで積み上げてきた日本外交は、東西冷戦の終焉及び中国の軍事大国化、ロシアの弱体化という世界史的激動を受けて日米関係、日中関係そして日露関係も悉く破産に逢着しているのである。とくにクリントン前政権は「日本軽視・中国偏重」のアジア政策を採り日本外交を混乱の極に陥れてきたが、新たに登場したブッシュ共和党政権は中国を「ライバル」と規定し、日本を「パートナー」と再定義し、その日本を対アジア戦略の要に据えて徹底的な「日米同盟強化」の路線を打ち出し、これまでの「バードンシュアリング」の枠組みを大きく超えて「パワーシュアリング」の役割をも求めているのである。アワー元国防総省日本部長はこれを更に敷衍して「対日同盟を対英同盟のように強化し、日本をアジアでの眞の戦略的パートナーにする」とまで言い切っているのである。ブッシュ共和党政権の戦略転換のテキストとなっている「アーミテージ報告」に謳われているように、アメリカが我が国に対し「日米同盟強化」という命題の下、我が国に「憲法改正」「集団的自衛権の行使」を要請するということは、戦勝国自らが封印してきた「ポツダム的弱体化」を解くということであり、我が国は小日本主義の戦後的呪縛を脱却して、中日本主義へ国家的蝉脱を成し遂げ得る千載一遇のチャンスを意味するのである。敗戦国の一般的命運に照らしてこれが何を意味するか、国家の指導者なら当然知悉すべきことであろう。しかし小泉は日頃「中日本主義」の看板を掲げながら、今回の日米首脳会談では日本自らアメリカの戦略転換に積極的に応諾し、「憲法改正」「集団的自衛権の行使」を約言することをしなかったのである。
 同盟とは文字通り「共に血を流す」ことなのであるから、「集団的自衛権の行使」は勿論当然のことである。また戦略兵器の保有を禁じられ、北朝鮮・中国の軍事的恫喝に曝されている現在軍事同盟は必要不可欠である。しかし今度の首脳会談で明らかになったように「中日本主義」の日米同盟論は徹頭徹尾アメリカ中心の片務同盟であり、日本側に主体的な国家戦略が全くないのである。これでは米国の国益に奉仕する従属同盟でしかない。「憲法改正」「集団的自衛権の行使」を認めなければ、同盟とは言いながら「戦略なき同盟」に他ならないのである。小泉の言う「日米基軸」とは結局「戦略なき同盟」でしかないのである。「中日本主義」改革の限界がまたひとつ露呈したと言える。これに対し我々「大日本主義」の日米同盟は日本中心の戦略同盟であり、アメリカに代わって我が国がアジア・太平洋の中心となるための戦略策なのである。


必至となった政界再編

 すでに述べた様に過去の例に徴すると余程政治状況に変化がない限り、都議選の結果はそのまま参院選でも似たような同じ結果が出ている。つまり自民党が圧倒的な小泉人気に乗って再び圧勝し、1人勝ちするのはほぼ確実になったのである。今度の都議選では一人区(七選挙区)での自民党の得票率は51%にも達し、共産党の19%や民主党の6%に圧倒的な大差をつけた。このため、地方が中心の参院選の一人区でも自民党が圧倒的に優位な戦いをする可能性が強い。また、都議選の二人区(十六選挙区)では、自民党の得票率が39%で、共産党の19%や民主党の17%などの約二倍の票を獲得し、自民党が参院選の二人区(十五選挙区)でも最低一議席は獲得できる数字となっている。さらに、選挙区によっては候補二人を擁立し、議席を独占することも期待できそうだ。都議選の三人区(五選挙区)でも、自民党は32%の得票率を確保し、公明党の23%、民主党の17%に差をつけた。四人区以上の選挙区(十四)でも自民党は34%の得票率で、公明党の20%、共産党の14%など各党を大きく引き離している。このため、参院選の定数三以上の選挙区でも一議席獲得は確実で、展開次第では、自民党の複数当選の可能性はゼロではなくなってきている。その結果 自民党が定数一の一人区(二十七選挙区)で全議席を獲得し、複数区(二十選挙区)でも確実に一議席は確保する可能性がある。その結果自民党は比例代表を含め改選議席六十一に達し、これを上回るのは確実な情勢となっている。
 圧倒的な小泉人気が自民党への投票行動となって表れたことは、都議選で明確に裏付けられている。小泉人気と自民党の勢いは獲得議席ではなく得票率が証明しているのである。自民党の得票率は36・0%で前回の得票率30・8%や昨年6月の衆院選の得票率(東京都の選挙区合計31・1%)を大きく上回った。これに対し、民主党の得票率は前回比3・2ポイント増の13・5%。前回の衆院選で東京の選挙区は33・6%だからたった1年間で得票率が半分以下になっている。一見解る様に、つまり両党とも各種調査で発表される政党支持率通りの得票をしているのである。これからも参院選での自民党圧勝が裏付けられる。都議選と同じ様に民主党は苦戦を強いられ、共産党は再び惨敗し、社民、自由両党は比例区で辛うじて数議席を得るに止まるであろう。
 そうなれば政界再編は必至の情勢となるであろう。前に書いた様に小泉の登場によって、鳩山=民主党、小沢=自由党は存亡の危機に追い込まれた。なぜなら小泉改革政権の誕生によって、鳩山=民主党、小沢=自由党のこれまでの「改革」の大義名分が瞬時に吹き飛んだと言って過言ではないからである。しかも「改革」の中身においても、小泉改革は  鳩山=民主党、小沢=自由党の「改革」を遙かに凌駕しているのである。だから現状打破を求める国民は鳩山=民主党、小沢=自由党の野党に向かわず、自民党の小泉改革を熱烈に支持したのである。そうだとすれば、小泉改革政権の誕生によって鳩山=民主党、小沢=自由党はまさに存亡の根底的危機に逢着していると言わざるを得ないのである。そして存亡の根底的危機に直面するが故に鳩山=民主党、小沢=自由党は嵩にかかって小泉改革路線との対決を叫んだのであった。しかし都議選によって審判が下されたのである。都議選での躍進をはずみに参院選での与野党逆転を目指していた民主党は、鳩山代表ら執行部への批判が再びくすぶり始めている。小泉人気で一番深甚な影響を受けているのは同じ「中日本主義」改革を掲げる自由党で、文字通り解党的危機に直面し始めたと言って過言ではない。参院選後にこうした動きは一挙に爆発するのは必至であろう。
 この10年政党政治は理念無き野合に終始してきたのである。細川連立政権に始まって自社さ、自自、自自公、自公保と、共産党を除く全ての政党が一度は政権に参加したが、しかし一度として政治が安定した試しがないのである。議会政党は内訌・分裂を次々に繰り返し、そしてつぎつぎに新党が誕生しては消え、政党の離合集散は続き、連立政権の枠組みも猫の目の様にクルクルと変わったが、しかしついぞ政局の安定はもたらされなかったのである。新党が次々と生まれあれだけ離合集散を繰り返しながら、現在の政党は基本的な理念において全く整頓されていないのである。例えば自民党は旧自由党系の「小日本主義」と旧民主党系の「中日本主義」とでは水と油ほどの差があるにもかかわらず、同じ政党に所属して政争を繰り返しているし、政権を狙う野党第一党の民主党もかつての自民党から社会党まで同居して安全保障政策一つきめられないのである。連立の枠組みをめぐっても同様で、政策的にもっとも近い小泉=自民党と小沢=自由党が敵対し、もっとも政策的に隔たっている自民党と公明党が手を組んでいるのである。今度の参院選によって政党の消長がかなりはっきりするであろうから、理念・基本政策の一致による政界再編が実現するか否か今後はここに注目しなければならないのである。
小泉政権が発足してから早一ヶ月が経過した。発足時の記録的な支持率は一月経った現在もなお続いており、いずれも90パーセントに迫る人気を保持している。5月の「今月の主張」で述べた様に、小泉政権の本質は戦後初の「中日本主義」政権であり、「中日本主義」が目下世界の要請であり日本そのものの渇望である以上、一定の大衆的支持と熱狂はむしろ当然のことなのである。そして小泉政権が「中日本主義」のポピョリズムに流れる中、「大日本主義」の立場に立つ我々は「中日本主義」派の路線と政策との差異、特に構造改革、日米同盟、首相公選制の三点でその違いを明らかにしてゆく必要性を指摘し強調しておいた。政権発足から一月でまだ何らの見るべき成果はないが、それでもその相貌 らしきものが次第に見えてきた。「首相公選制」の問題点については後で詳述するとして、まず看板の「構造改革」は特定道路財源に切り込み特殊法人の見直しに着手し、予算も国債30兆の枠内で編成しようとするなど公約の実現に取り組み始めた。しかしそれが更に進んでアメリカ流の原理主義的構造改革に邁進するならば断固反対しなければならないのである。「日米同盟」でも歴代政権で初めて集団的自衛権の「公海上」での行使を容認する姿勢を明確にし、そのため憲法解釈変更を示唆している。しかしそれが更に進んでアメリカの世界戦略に一方的に奉仕する従属同盟であるならば同じく断固反対しなければならないのである。
 一方、懸念された通り真紀子外相は就任以来「親中反米」の姿勢を特化しており、内閣の「日米同盟基軸」とは早くも乖離を露呈し始め様々な問題を惹起し始めている。田中真紀子の確信犯的な「小日本主義」的思想傾向はいずれ必ず閣内不一致を惹起することになろうから、新政権の命運を占う上でこのところに引き続き注目してゆく必要がある。
 さて小泉「中日本主義」政権は就任以来「首相公選制」を唱え、この一点に限った憲法改正を提唱している。またこれと連動するかの様に、ここに来て「女性天皇」を認める皇室典範改正が与党内で急浮上してもいる。既に「行雲流水」で注意を喚起しておいた様に、これらは日本国体の根幹に抵触する一大問題であり、小泉「中日本主義」政権が何を目指そうとしているのか、その本質を余す所なく如実に明らかにしつつある。敢えて言うなら前者は共和革命を、後者は天皇制の無化を画策するものであり、その根は通底一致しているのである。「普通の国」を目指す「中日本主義」と「偉大なる日本」を目標とする我々「大日本主義」との決定的な差は早くも明らかになったのである。


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