第二の柱はクリントン政権下で「パートナー」と規定されて来た中国を全く逆に「ライバル」と位置付け、そしてこれも全く逆にこれまで「ライバル」と位置付けて来た日本を「最も重要な同盟国」と規定し直したことである。
クリントン政権は冷戦後の安全保障戦略として「関与政策」を強く唱えた。つまり冷戦が終了したのだから、かつての敵だったロシアや中国などとも関与し徐徐にアメリカのシステムに取り込もうという外交戦略であり、ロシア、中国を「戦略的パートナー」と呼んだのもこうした考え方に根ざしていたのである。しかしこうした宥和政策は結果的に、中国の急激な軍事的膨張を許すことになり台湾海峡、朝鮮半島の不安定化を招き、逆に旧来的同盟国日本との関係はギクシャクするに至った。そこで将来的な中国の急膨張を睨んで、日米同盟を再強化することで対峙する戦略に再び戻ったのである。2月16日のイラク空爆は制裁破りを堂々と行っている中国に対して、アメリカが最早「関与政策」と決別したことを示すデモンストレーションに他ならなかったのである。
第三は、「ライバル」から「最も重要な同盟国」と位置付ける我が国に対して、「日米同盟強化」の証しとして「憲法改正」「集団的自衛権の行使」を要求している点である。 「憲法改正」にしろ「集団的自衛権の行使」にしろ、これらは戦勝国アメリカが敗戦国日本を軍事的戦略的に封じ込めるための文字通り「ビンの蓋」の役割を果たしてきたものであった。それ故アメリカの歴代政権も決してこんなことは要求してこなかったのである。もしアメリカの要求通り、日本が「憲法改正」を決断し「集団自衛権の行使」に踏み切れば、我が国は戦後半世紀に亘って続いたポツダム的弱体化の呪縛から一挙に解き放たれることになる。また日本のポツダム的弱体化を前提としてきた東アジア秩序は対ロシア、対中国、対朝鮮半島のいずれの関係においても180度の大転換を遂げることにもなるのである。
深まる米中対立
アメリカの戦略転換によって、最も深甚な影響を被る国は言うまでもなく中国である。中国はクリントン政権の8年間、アメリカの「関与政策」を逆手に取って通商関係を拡大し、経済成長の成果を挙げて軍備拡張に注入してきた。1989年以来毎年二桁の伸び率を記録する軍拡に狂奔し、今年は何と前年比18%増の約2兆円の国防予算を組むに至っている。こうした中国の大規模な軍拡は周辺国を刺激し、アジア各国は挙って軍拡に走り、脅威にさらされたインドはついに核武装に踏み切った。
しかしアメリカの戦略転換が本格的に始動すれば、中国の安全保障は死活的危機に直面することになる。その保有する大量の戦略核は全くの無用の長物と化し、これまでの膨大な軍事投資は全くの無駄となり、大量の戦略核を背景とした台湾併合、南北朝鮮統一、そして東シナ海から西太平洋を睥睨する長大な海洋戦略も全くの空夢となるのである。それどころか、かつてレーガン時代のS D I構想によってソ連が自滅に追い込まれたように、ブッシュの推進するN M Dによってソ連の二の舞になる悪夢に曝されているのである。
アメリカの戦略転換が中国を意識し中国を対象としたものであることは、昨年夏に国防総省が出した報告書「アジア2025」を見ても明らかである。それによると、2025年に大きな紛争が予見されるのは欧州ではなくアジアで、そのころ中国は地域大国としてますます覇権を広げ、台湾海峡、朝鮮半島が極度に不安定し、最早日米韓同盟をもってしてはアジアの安定を支えることが出来なくなると予想している。それ故に多国間安全保障とは全く関係なく、自らの国土を自ら守る完全な楯N M Dを作ろうというのである。謂わば中国の軍拡がアメリカをN M Dで追い込み、アメリカのN M Dが今正に中国を危地に追いやろうとしているのである。
ブッシュ共和党政権の発足とともに、米中関係は急速に対立を深めている。まず中国はブッシュ共和党政権の発足のその日に、動揺する北朝鮮=金正日を北京に召還し、結束してアメリカの戦略転換に対抗することを確認し、ついでアメリカが中国の制裁破りを理由にイラク空爆を敢行するや猛反発し、2月18日には中国外交代表団が直接アメリカ国務省に乗り込み文書で「警告」を発する異様な緊迫にまで発展し、更に中国が台湾海峡沿いに大量のミサイルを配備し台湾を威嚇しているのに対抗して、アメリカが台湾にイージス艦を売却しようとしていることについても、3月6日中国外相が異例の強い口調で「警告」を発するとともに、全人代では国防力増強新5か年計画を決定し対決 色を鮮明にしているのである。
更に中国はN M D反対で利害の一致するロシアとの連携を急速に強め、7月には江沢民自らロシアを訪問し、これまでの軍事的連帯の更なる強化を内容とする「友好協力条約」を結ぼうとしている。そうだとすれば正しくかつての中・露・朝同盟の復活を意味することになるのである。ロシアのプーチンも中国と連携した戦略的巻き返しに出、2月末韓国を訪問し朝鮮半島でのアメリカ牽制に動いた。そしてそのあおりを受けて、3月8日の米韓首脳会談で明かになったように、韓国=金大中が推進して来た「太陽政策」も今やすっかり色褪せ決定的な歯止めがかかろうとしている。この様に我が国を巡る東アジア情勢は、アメリカの戦略転換とともに再び50年代的な新たな冷戦に突入しようとしているのである。
転期を迎えた日中関係
このように米中関係が険悪の一途を辿るなか、これに正比例するかのように日中関係も急速に悪化してきている。
アメリカの政権交代とほぼ期を一にした1月下旬、朝日新聞の注進に直ちに応諾した中国はまず例によって「懸念」を表明、そして次第に干渉と圧迫を強化してきた。2月22日には中国外務省の報道局長が検定中でまだ誰もその内容をしらない特定の教科書を名指して、日本政府に「侵略を美化する教科書の登場阻止」を求めるとの公式見解を表明。そして3月2日、外務次官が日本の代理大使を呼びつけ「公然と皇国史観を述べ侵略を美化している」と非難、その「阻止」を要求する中国政府の意向を正式に表明し公然と内政干渉に乗り出して来たのである。
昭和57年夏の「侵略」「進出」をめぐる日本マスコミの誤報に端を発した教科書問題、61年夏の高校歴史教科書「新編日本史」が一旦合格後4回書き直しをさせられた外圧検定事件に続いて、またしても朝日新聞の注進―中韓両国からの外圧―教科書検定への日本政府の政治介入という悪循環がまたも繰り返されようとしている。
問題点は3つある。まず、教科書の内容中身は国際法上純然たる国内管轄事項であり、他国の教科書内容に公然容喙することは国際法上明らかに内政干渉に該たるということ。したがって第二に、政府は独立主権を守るため断固として干渉を排除しなければならないということ。第三に、悪循環の元凶は「近隣諸国条項」にあり即刻これを廃棄しなければならないということである。
そしてこの教科書問題と連動しているのが台湾における小林よしのりの「慰安婦」事件である。中国は日本に対して教科書で圧迫を加えると同時に、慰安婦問題を利用して台湾の親中派を示嗾し一斉に陳水扁=独立派に揺さぶりをかけてきたのである。アメリカの戦略転換に対応した北京ならではの高等戦術であったが、陳総統は小林よしのりの入境禁止処分に反対の意向を表明し、北京の目論見は台湾では間もなく水泡に帰そうとしている。
2年前の江沢民来日時の「歴史認識」発言、そして今度が三度目の教科書事件、更には尖閣及び南方海域への度重なる侵犯、中国はことある事に我が国に理不尽な圧迫と干渉を加えることを常としてきた。到底友好条約を締結する隣国の友誼的態度とは思われない。アメリカが中国に対する戦略の転換に踏み切らざるを得なかったように我が国も百害あって一利もない日中関係を根本的に見直す時期に来ているのである。
日中関係は今や明らかに転期を迎えているのである。
まず第一に、そもそも日中友好はソ連の脅威が厳然と存在していた時代、それに対抗するために両国必要の一致によって成立したものであり、友好それ自体を自己目的とする時代はソ連の消滅とともに最早終わっているのである。
第二に、日中関係はニクソン訪中をその始源とするように、常に米中関係の変数でしかなく、アメリカが「関与」から「対決」へ対中戦略を転換した以上、我が国も対中政策をいずれ転換せざるを得ない。
第三は、アメリカは以下に見るように戦略転換によって我が国を「最も重要な同盟国」と規定し直し、早晩日本に対して「憲法改正」「集団自衛権の行使」を要求してくるのは確実であるが、果たして中国はこの日本の国策大転換を許容しうるのかという問題もある。 我が国の国益と中国の国益が明確に衝突している以上、即刻対中戦略を転換しなければならないのである。
動揺する日米関係
ブッシュ新政権が戦略転換を掲げ新しい日米関係の構築を始めようとした矢先、アメリカの原潜と日本の実習船がハワイ沖で衝突、多数の高校生が死亡するという痛ましい事故が起きた。強化に向かう筈の日米関係は一転して根底から動揺するに至っている。
「日米同盟強化」を目指すアメリカは極めて迅速に反応した。ブッシュ大統領は事故後の12日行方不明者と家族、日本国民に黙祷を呼びかけ、13日には森総理に電話で謝罪。国務長官、国防長官、駐日大使も相次いで非を認めて謝罪し、27日には政府特使が大統領の謝罪の親書を携えて来日もした。他の国なら軍事機密を楯にとってほっかむりを決め込むところ、アメリカは事実を糾明するため軍法会議にかけて処罰をするプロセスまで開始した。
このようにアメリカの誠意は十分に理解できるのである。しかしながら、「土下座して謝れ」式の非難や朝日新聞の「人々の日常の安全を脅かして何の安全保障か」式の批判が今なおかまびすく続いている。前者の非難は謝罪をめぐる文化の差を無視したもので、何よりいつまでも非を鳴らし殊更反米を怒号するのは、中韓両国がいつも我が国に対してしているように弱小民族の所業であって、世界を経営しようという世界史的民族のするべきところではない。
問題は後者の方である。朝日を始め一連の偏向マスコミの反米キャンペーンには報道の常態を逸した明かな底意がある。即ち、朝日などの小日本主義派はアメリカが戦略転換によって、やがて我が国に対して「憲法改正」「集団的自衛権の行使」を要求してくるのが目にみえているため、これを何が何でも阻止しようとブッシュ共和党政権発足の出鼻に起きたこの事故を嵩に懸かって利用しようとしているのである。共産主義の崩壊以降行き場を失った小日本主義者は中・朝の完全な手先となることに辛うじて存在意義を見いだし、歴史教科書、南京虐殺などで自虐的報道に血道をあげ、日米離間の可能性がある本事故に対してはここぞとばかり反米キャンペーンに狂奔しているのである。
なお、国家主義運動の中にも殊更に反米を旨とする者があるがそれも明瞭に誤りである。反米主義派は恰も日本が今もアメリカの占領下にあるかのように言い募るが、その様に認識するからパレスチナ民と同じ様に「占領からの独立=反米主義」に短絡するのである。しかし日本はサンフランシスコ条約によって法的に独立したのであり講和・独立後即ち主権回復後も占領体制を放置し、占領の汚辱も雪がなかったのは挙げて戦後議会政党=亡国派に他ならないのである。だとするならば、「戦後占領体制打倒=亡国派打倒」が一義的とならなければならない。駐留米軍の存在を以て占領とみなすなら、イギリスを含めてN A TO諸国は悉くアメリカの占領下ということになり、大東亜戦争敗戦の意趣返しをもって反米を怒号するなら、日帝植民地支配35年の怨念を以て反日を叫号する韓国・朝鮮と同じなのである。
岐路に立つ日本
この様に我が国を巡る国際関係は対中、対朝鮮半島、対露そして対米関係のいずれにおいても行き詰まりに逢着し、今や抜本的な現状打破が求められているのである。
それでは何故に国際関係はデッドロックに乗り上げてしまったのか?
現状の国際関係はまず第一に、日本の「敗戦―ポツダム的弱体化」を前提として成立したからである。戦前、言う迄もなく我が国はアジアの盟主であり白人覇権の覆滅による大アジア主義を国策の根本としていた。しかしこの国策は欧米列強の植民地主義と真っ向う衝突し大東亜戦争開戦となる。しかし我が国は敗れ占領軍によって3S=5D政策に象徴される懲罰的な弱体化を余儀なくされる。戦後日米関係の原型はこの時に出来たのであり、以降「戦勝国?敗戦国」という優劣関係が固定する。一方、植民地支配から独立した朝鮮半島は北も南も怨念を込めて「反日」を立国の根本とし、同じように国共合作によって辛うじて「勝った」中国は「抗日」を立国の根本的存在理由とする。今に続く「反日」「抗日」はこうしてビルドインされ、アメリカを含めて全ての周辺国が日本の「弱体化」に共通の国益をもっていたのである。
しかし第二に、こうした国際関係は戦後間もなく始まった米ソ冷戦とともに後景に退くことになる。ソ連―中国―朝鮮の三国同盟が東アジアで形成され、朝鮮戦争が勃発し大陸に共産主義政権が成立するや、アメリカは「弱体化」政策を放棄し今度は逆の「反共防壁化」政策に転じる。こうして東アジアでは「ソ連―中国―北朝鮮」対「アメリカ―日本―韓国―台湾」の対立図式が出来、これが約半世紀にわたって続いてきた。日本は国際的孤立を脱し西側陣営の一員として国際社会に復帰し、最低限ながら再軍備を許され驚異的な復興を遂げて第二の経済大国になってゆく。
そして日本をめぐる国際関係は冷戦の崩壊を機に再転する。第二に述べた対立図式は消え、それとともに陣営内の同盟関係も弛緩し、国際関係は再び第一のものがむき出しとなるのである。侵略、虐殺、慰安婦、植民地支配などの歴史認識問題が蒸し返され、中国は「抗日」を怒号し朝鮮半島では北も南も「反日」を叫号し、アメリカですらクリントン時代露骨な「日本叩き」が猖獗を極めた。この間我が国は全く為すべき術を知らず、中・朝・韓に対しては「謝罪・土下座」外交、アメリカに対しては「従属・叩頭」外交に終始してきたのである。
そして現在、こうした国際関係は今一度根本的な転回を遂げようとしており、その引き金を引こうとしているのがブッシュ政権の戦略転換に他ならないのである。
ブッシュ共和党政権の戦略転換は何度も述べた様に、中国を「ライバル」とし日本を「最も重要な同盟国」とし、日米同盟の強化を以て中国と対峙するというものである。そしてそのため我が国に対して「憲法改正」と「集団的自衛権の行使」を求めている。
もしアメリカの要求に我が国が応諾し「憲法改正」と「集団的自衛権の行使」を実現するとするならば、我が国は戦後一貫して苦しめられてきた「ポツダム的弱体化」の呪縛から晴れて国際的承認を得て解き放され「普通の国」へ脱却しうることになる。ポツダム憲法を作って押しつけた張本人アメリカの要求・承認であれば、中・露・韓鮮といえどもどうしようもなく、我が国は国際的正当性をもって小日本主義から中日本主義へ脱皮できるのである。いまひとつ重要なことはアメリカが我が国に同盟の強化を持ちかけてきた背景に、やはりアメリカの長期的な衰退がある点である。単独で世界秩序を保持する予見がたたないから、日本を「最も重要な同盟国」とするのであり、普通の同盟国から「最も重要な同盟国」への格上げは将来アメリカの衰退とともにジュニア・パートナーからシニア・パートナーへ同盟の変質を惹起するのは間違いないのである。しかし最大の問題はアメリカの戦略転換を奇貨として、小日本主義から中日本主義へ蝉脱しうるか?である。世界史的国家か敗戦亡国国家か正に我が国は岐路に立っているのである。
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