「文明の衝突」を超えて

平成13年11月

 アメリカのアフガニスタン攻撃は連日熾烈を極めているが、戦争目的とするビンラーディンの捕捉も進捗せずタリバン側も頑強に抵抗しており、どうやらアメリカは意外な苦戦に陥っている模様である。こうした中アメリカ本土では炭疽菌テロが蔓延し、全国民が生物化学兵器テロの恐怖に襲われ再び深刻なパニックに陥っている。アメリカが頼みの綱とするパキスタンでは反米デモが荒れ狂いムシャラク政権が大動揺を来たし始めただけでなく、反米の炎は次第に全イスラム国家へ拡大しつつある。アメリカも戦争の長期化を認めざるを得なくなっており、もし戦争が長期化すれば次第に「イスラム対アメリカ」「イスラム対キリスト教」の衝突になっていくのは必至となるであろう。戦況はまだ始まったばかりで予断を許さないが、本稿ではこの戦争を本源に立ち返って分析しかつ日本の役割について考えてみたい。


ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の相互関係

 砂漠の地に何故唯一一神教が産まれたかについては「行雲流水」に連載の「ビンラーディン」の稿を読んで貰いたいが、ユダヤ教の創始者は預言者モーゼであった。紀元前二千年頃、メソポタミアからパレスチナに移住してきたユダヤ人の一部は後さらにエジプトに移り、奴隷として苦役に従っていた。この時この苦難の民を救うべく唯一神ヤーベェに召されたモーゼは神の様々な奇蹟に助けられてエジプトを脱出し、神の約束の地カナンに戻る途中シナイ山で唯一神ヤーベェから十戒を授かる。ヤーベェの恩恵とヤーベェの与えた律法の遵守とを誓う、神と人との旧約(古き契約)である。その後ユダヤ人はダビデ王とその子ソロモン王の下空前の繁栄を極めるが、やがてバビロンに決定的に滅ぼされ、指導者階級は殆どメソポタミアに捕囚となり国家という歴史的基盤を喪失する。こうした亡国の苦難に陥って初めてユダヤ人はモーゼの教えの偉大さに気づき、モーゼが神から授かった五書を経典に神殿を中心とした祭儀の宗教を始める。その要諦は人格的な唯一神ヤーベェの与えた律法を守るならばその恩恵の限りないことを信じ、律法を厳守することであった。
 やがて神の約束の地カナン今のパレスチナはローマに支配されるところとなり、生活苦に喘ぐ民衆の間で次第にメシア(救世主)を待望する声が溢れてくる。キリストは人間を罪あるものとして捉える。その罪は人類の祖アダムとイブが神を裏切った堕罪の結果であり、人類に入ってきた原罪であるとされる。ここまではユダヤ教とほぼ同じだが、ユダヤ教ではその罪から救われる道は神の与えた律法を遵守することであった。これに対しキリスト教はかかる罪に悩む者に神がその子キリストを遣わし、キリストは人類のすべての罪を背負って十字架に死んで人類の罪を贖ったとする。そして人間はそのキリストによって示された神を信仰することによって、その罪を許され救いにあずかることができると説く。キリストの説いたのは律法重視ではなく、神の愛による原罪からの救い(福音)であり、ここにキリスト教はユダヤ教とは確然別個の教えとなった。
 しかしキリスト教はユダヤ教の考え方そのものは大部を受け継いだ。唯一神の考え方が最たるもので、キリストはその唯一神の受肉化した者とするところが大きな違いで、キリストは神であり神の子であり聖霊であるという三位一体説がキリスト教の中心思想となった。だからキリスト教をユダヤ教との関係で敢えて位置付けるなら、日本の浄土宗と浄土真宗の関係になぞらいユダヤ教「真宗」と言ってもよいであろう。ともあれユダヤ教から出てユダヤ民族臭を消したキリスト教は最初弾圧されたが、のちローマ帝国の国教となって一大発展し世界宗教となって行く。これに対し本家のユダヤ教はキリストの刑死のすぐ後エルサレムの神殿はローマによって完全に破壊され、ユダヤ人はカナンの地を追われ各地を流浪する羽目になる。ユダヤ人が約束の地に戻るのは第二次世界大戦後のイスラエル建国を待ってからであった。この間二千年世界各地を流浪するユダヤ人は神の子キリストをローマに売ったユダの子孫として忌み嫌われ、キリスト教徒によって徹底的に迫害されるのである。
 一方アラブ人は預言者マホメットが世に出る頃まで、アラビア半島の砂漠で部族神を中心に多神教を信仰する分裂した未開の民族であった。この頃東西貿易の要路シルクロードがササン朝ペルシャと東ローマ帝国の戦争で途絶し、東西貿易路はイランからペルシャ湾を渡りアラビア半島の縁辺をぐるりと西に廻って地中海に達するコースに変わっていた。そのため紅海沿いのメッカ、メジナが中継商業都市として空前の盛況を見せ始め、アラブ人はやっと世界史に登場を果たす。商人であったマホメットは地中海沿いの先進地を見ていたので、アラブの後進性についてはイヤでも自覚せざるを得なかった。マホメットがとりわけ感嘆したのは商業に携わるユダヤ人の宗教的道徳的高みであったという。アラブ人のために新しい宗教を熱烈に欲したマホメットはヒラー山の洞窟に籠もって日夜瞑想に耽る。そうこうするうち、大天使ガブリエルが現れ神の言葉を伝える。こうして唯一神アラーの啓示を受けたマホメットは神の声コーランを携え、熱烈な布教に献身して行く。迫害されてメッカを追われ(聖遷)ながらも八年後にはメッカを奪還し、その二年後には全アラビア半島を教化しここでマホメットは没するが、その後も教線は四囲に拡大し四代正当カリフからウマイア朝、アッバース朝へと続く空前のイスラム帝国を建設する。その版図は中東から北アフリカ、さらに海を越えてイベリア半島の大部に及び、地中海はイスラムの内海と化し、アラブ人は世界の覇者として六百年間君臨する。
 イスラム教も唯一神や天国、地獄、天使の観念、最後の審判など教義・教理の殆どのものをユダヤ教・キリスト教から継承した。イスラム教はコーランの他に旧約・新約聖書をも経典として認め、ユダヤ教・キリスト教を啓典の民として尊敬する。これらの先行する一神教と異なるのは唯一神をアラブの主神アブラハム(アラー)をもって当てたこと、マホメットを最高にして最終の預言者であるとすることである。偶像崇拝を禁止すること、律法を重視するところは驚く程ユダヤ教と相似である。それ故先の例えに準じるなら、イスラム教は謂わばユダヤ教「正宗」、キリスト教「真宗」といった位置付けになる。するとどうなるか。ユダヤ教・キリスト教を啓典の民として尊敬すると言っても、マホメットは最高にして最終の預言者であるから先行するモーゼやキリストよりもマホメットが宗教的により偉大ということになり、マホメットが聞いた神の声コーランはモーゼの律法やキリストの福音書より経典としては格段に上位に位置することになる。ユダヤ教徒やキリスト教徒にとっては到底受け入れられないところであろう。こうしてイスラム教の誕生はユダヤ教・キリスト教の争いに加え、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三つ巴の骨肉の争いを付け加えることになる。とくにキリスト教とイスラム教は、キリスト教が偶像崇拝を認めイスラム教が偶像崇拝を禁止するだけに峻醜を極めるのである。


キリスト教・イスラム教の世界史的相関

 今度のアメリカ同時テロをきっかけにしてキリスト教・イスラム教の「文明の衝突」が広く世界に喧伝される様になった。ハンチントンは冷戦後の世界をキリスト教・イスラム教などの「文明の衝突」として描いたが、しかしキリスト教・イスラム教の「文明の衝突」は何もハンチントンの指摘を待つ迄もなく、世界史を彩る一大パノラマであったのである。ハンチントンの結論は「イスラム・儒教連合対キリスト教」つまり「中東・中国対アメリカ」の将来に於ける戦いを想定する点で新味があったが、しかし一つには中国がイスラム弾圧戦線に加担したこと、二つにはビンラーディンが今度の戦争を「ユダヤ・キリスト教対イスラム教」の聖戦(ジハード)と位置付けたことで大部の意味が失われに至っている。世界史を彩る一大パノラマであるキリスト教・イスラム教の「文明の衝突」を正視してこそ、キリスト教文明の将来の命運ならびにイスラム教文明の将来的可能性が初めて正確に理解し得るのである。
 すでに見た様に、キリスト教・イスラム教の「文明の衝突」はイスラム教の創唱とともに始まった。両教対立の根源は、イスラム教のマホメットは最高にして最終の預言者であるというテーゼにある。キリスト教より宗教的高みに立ったイスラム教は預言者マホメットの死後もキリスト教世界に対して果敢な改宗の戦いを展開する。イベリア半島を征服したイスラム教徒はさらにピレーネ山脈をこえてキリスト世界の中心部に攻め込む。フランク王国のカール・マルテルは辛うじてこれを撃退するが、キリスト教世界は東西からイスラム教徒に包囲され恐慌状態に陥る。この恐怖がキリスト教徒のイスラムに対する原体験となる。
 次いで11世紀の終わり、イスラム教徒のセルジューク・トルコが聖地エルサレムを占領し、キリスト教徒は聖地への巡礼が不可能となる。ローマ法王は全キリスト教徒に呼び掛けて聖地奪還の十字軍を起こす。約二百年七回に亘る十字軍は最初の一回目だけ成功するが、二回目の遠征はサラディーンに敗れ再びイスラムの手に落ち、あとの五回は悉く失敗に終わる。しかし約二百年七回に亘る十字軍はイスラムに圧倒され西欧に屈曲してきたキリスト教世界に新風を吹き込む。オリエントの異文明に接触し、イスラムが継承したギリシャの古典文明がイスラムとの戦いを通じて始めてヨーロッパにもたらされ、十字軍から程なく約二百年ヨーロッパ世界は古典文明に帰れというルネッサンスの精神革命の嵐に席巻される。こうしてキリスト教に加えギリシャ精神が西欧文明の骨格を形成し、今日の近代ヨーロッパが誕生することになる。ギリシャの古典文明を保存しヨーロッパに伝えたのは実にイスラム教徒だったのである。
 次いで15世紀に入るとセルジューク・トルコに代わってオスマン・トルコが小アジアに起こり、東西交易路を占領する。オスマン・トルコはヨーロッパに運ばれる絹と胡椒に重税を掛け、ためにヨーロッパ人の必需品である絹と胡椒の値段は暴騰する。パニックに陥ったヨーロッパはオスマン・トルコに塞がれた陸の東西交易路に代わる新たな東西交易路の開拓に迫られ、海を廻ってインドに至る海の東西交易路の発見に死活を賭ける。こうしてヨーロッパは大航海時代を迎え、バスコ・ダ・ガマは喜望峰を廻る航路を発見してインドに到達、コロンブスは大西洋を一路西進してインドを目指し結果的に新大陸を発見する。大航海時代を支えた近代精神や科学技術の発達は実にイスラム文明から継承し発展させたものだったのである。イスラム勢力によってユーラシア大陸の西端に押し込められてきた西欧キリスト教世界はこれを転機に世界へ雄飛し、対イスラムの形勢を全く逆転しその後の今日まで続く世界の覇者となって行く。キリスト教・イスラム教の「文明の衝突」が世界史的世界の完成を促したのである。
 イスラムから継承した古典研究の熱気はルネッサンスを通じてヨーロッパの精神世界を一変し、さらにギリシャ語・ヘブライ語の原典による新約・旧約聖書の研究はキリスト教の根本精神に立ち帰ろうという機運を高め、16世紀に入って宗教改革の火の手が吹き上がる。カトリックの腐敗・堕落を弾劾するルター、カルヴァンの福音主義は忽ち全ヨーロッパの精神世界を席巻し、ヨーロッパは宗教的精神的に深刻な分裂に陥っただけでなく、カトリックとプロテスタントの深刻な対立は次に市民革命を準備するに至る。特にカルヴィニズムはカトリック教会の階層制度を全否定し聖俗の区別のない「神の前の平等」を説いて近代民主主義の萌芽をなり、一方勤労と禁欲を救済の証明とする教義は勃興する新興ブルジョアに倫理的根拠を与え、マックス・ヴェーバーが明らかにした様に資本主義を支える精神となる。カルヴィニズムは資本主義・民主主義の発展と固く結び付いてオランダ独立、フランスの宗教内乱、イギリスのピューリタン革命の原動力となり、さらにアメリカ革命を惹起し最後にフランス大革命となってヨーロッパの歴史を根本から塗り替える。そして市民革命で政権を手にした新興ブルジョアが次に産業革命を完遂し、その発展を基にさらに帝国主義として全世界の制覇に乗り出して行くのは自明の通りである。
 キリスト教・イスラム教の「文明の衝突」の一大パノラマはざっと見てもかくの如くであり、キリスト教より約六百年若いイスラム教がキリスト教世界の発展に刺激を受け、コーランの原典、マホメットの教えを通じてイスラム教の根本精神に立ち帰ろうという原理主義運動が燃え盛っているとしても何の不思議はないのである。ルター、カルヴァンの福音主義自体キリスト教の原理主義運動であったとすれば、キリスト教歴で未だ1400年代のイスラム教が今後原理主義運動の洗礼を受けて宗教生命を一新し、ヨーロッパキリスト教世界が発展していったと同じ道程を辿って世界に雄飛する日のあることを何ぞ予期ぜざるや。ビンラーディンの如きアメリカのキリスト教文明のバイアスで見れば、イスラム異端の無頼のゴロツキであろうが、キリスト教世界でもまずウィクリフやフスが正系のカトリック弾劾の火蓋を切り、その二百年後にルター、カルヴァンが現れたのである。キリスト教・イスラム教の「文明の衝突」は過去の歴史ではなく、現在も進行中でありそして今後も果てしもなく続いて行くのである。


アメリカとビンラーディン

 ビンラーディンは今度のアメリカ同時テロを「ユダヤ・キリスト教連合の十字軍対イスラム」の戦いであるとし、イスラム教の伝統に則って「聖戦(ジハード)」であると宣言している。ビンラーディンはその後中東のテレビ局に録画ビデオを送り、そのなかで更に詳しく今度の開戦理由を明らかにした。それによると、ビンラーディンはまず「アンダルシアの悲劇」から説き起こす。「アンダルシアの悲劇」というのは7世紀にイスラム教徒にイベリア半島を占領されたキリスト教徒が国土回復運動に乗り出し、15世紀末最後の拠点グラナダが陥落しイスラム教徒が多数虐殺された事件を指す。これを機にイスラム世界のキリスト教世界に対する優位性は次第に失われ、キリスト教世界は大航海に乗り出しイスラムに代わって世界の覇者に登り詰めていくことになる。イスラムの退潮を象徴する事件で、ビンラーディンがここから声明を始めているのはその点でも極めて興味深い。
 次いでビンラーディンはオスマントルコ崩壊以後の中東アラブ世界の屈辱と悲惨について血を吐く様に訴える。イラクではこれまで百万もの罪もない子供が殺され、パレスチナではイスラエルの戦車が住民を蹂躙し、イスラムの聖地を破壊し誇りある人々の血を辱めてきた、と。更に日本についても触れ、アメリカが原爆を投下し数十万人にも及ぶ一般市民を殺した時もアメリカの犯罪は何も問われなかった、と指摘する。そして最後にアメリカが預言者ムハンマドの地から出て行き、ムハンマドの地とパレスチナの地に平和な日が訪れない限りアメリカ人に安息と安住の場はないと宣言し、アメリカの中東政策の「二重規準」を攻撃理由にしているのである。
 ビンラーディンはキリスト教世界からイスラム原理主義者と断罪されている。イスラム世界からもイスラムの正統の教義に違背していると指弾されている。それはその通りであろう。しかしそうした教学問答が実際的にどれ程の意味を持つというのだろうか。キリスト教世界でも例えばコペルニクスは、その地動説がカトリックの神学に違背するといって宗教裁判にかけられて火炙り刑になったが、その類の与太話に過ぎない。キリスト教ともイスラム教とも何の来歴もない日本人は一切の偏見を排して、客観的に世界史的現実を正視しなければならないのである。
 そうするとき、先に述べたキリスト教・イスラム教の「文明の衝突」の視点でこれをみてゆく必要があろう。イスラム世界ではその著しい没落傾向とともに前世紀以来イスラムの復興を指向する運動が各地で起こった。かつて大文明を築いた矜持ゆえであるが、ビンラーディン一派の今回の所業もその流れの一部と見るほかない。キリスト教世界は16世紀に宗教改革の火の手が上がり、カトリック・プロテスタント相互二百年に及ぶ血み泥の殺戮を経て精神と生命を一変更新して、その後市民革命から産業革命へさらに帝国主義的飛躍を遂げて今日の覇者の地位を築いた。それより六百年も若い同じ一神教のイスラム教がキリスト教が歩いたと同じ過程中に苦悶しつつあることは十分了解しておく必要があろう。ルターやカルヴァンは今の言葉で言うならばキリスト教原理主義者ということになろう。ビンラーディンはルターやカルヴァンの様な神学者ではないが、聖典コーランの教えに帰れ、預言者マホメットの精神に戻れ、と言っている様に紛れもないイスラム原理主義者なのであり、胎動するイスラム復興運動の新精神を表象していることだけは確かなのである。
 一方のアメリカは先号で述べた様に、世界でも特異なプロテスタント原理主義国家である。煩瑣であるがこれを明らかにする必要がある。アメリカ独立は周知の様に1776年であるが、その遙か前の1610年、イスラム教の預言者マホメットがヒラー山の洞窟でアラーの神の啓示を受けた時からちょうど千年後、メイフラワー号に乗った102人のピルグリムファーザーズがプリマスに上陸した時に実質的な建国が始まる。これら102人のピルグリムファーザーズは本国でチャールズ一世に弾圧された清教徒で、信仰の自由を求めて新天地にやって来たのである。信仰の自由を求めて移住すること自体まず日本人には想像すらつかないであろうが、この時彼らは契約を結ぶ。所謂「メイフラワー契約」で、これがアメリカ民主主義の原型となる。アメリカ民主主義はこれを基いとして発展し、アメリカ革命でその理念を国家存在理由にまで高める。
 国家の成り立ちには自然国家と人工国家の二種ある。自然国家とは日本など大多数の国家の様に、そこに暮らす人々が人類発生とともに共同の安全のために政治権力を創り、それが時代の漸化とともに次第に発展し今日の様な国家となった国である。これに対して人工国家というのは、特定の理念やイデオロギーに基づいて人工的に創られた国家のことで、今のアメリカがその典型である。アメリカの歴史はピルグリムファーザーズがプリマスに上陸した時歴史的にはほぼ「近代」とともにに始まった。したがってどこの国でも中世から近代へ転換する時経験した大変革の洗礼を浴びることがなかった。どこの国でも中世から近代へ転換する時、中世的封建勢力と近代的民主勢力が血泥の戦いを展開し社会に深い分裂の爪痕を残した。例えばフランスは専制と殺戮の大革命に百年引き裂かれ、それから150年遅れたロシアは70年に及ぶボルシヴィキの凄惨な専制独裁を経験し国家の活力を殆ど使い果たした。日本の場合内戦は十余年で終わり外国につけ込まれることなく近代国家へ更新したが、中国の近代革命は外国の干渉を受けて苦難の道を辿り90年を経た今現在も未だその完成途上中にある。
 これに対してアメリカは「中世、封建制、絶対主義体制」の歴史を持たなかったから、内国に戦うべき敵はなく最初の「メイフラワー契約」がそのまま国家理念となって一途の発展を遂げて行く。アメリカ革命と言っても革命内戦ではなく本国との独立戦争で、「メイフラワー契約」を内部的に国家理念として再確認することであった。アメリカはこうした特異な国の成り立ちから自らの建国の理想、自らが体現する近代的価値に対して絶対的自信を持ち、それを外に向かって不断に拡張しようという欲求が国家的本能となる。前にも述べた有名な「マニフェスト・デスティニー(膨張の運命・明白な使命)」である。「自由・平等」「自由民主主義」という自らの価値観を不断に外部に向かって拡大しアメリカン・ワンワールドの形成を夢見る一方、自らの「自由・平等」「自由民主主義」という価値観と敵対するもの乃至異質なものに対しては挑戦者と断罪して叩き潰そうとする。第一次大戦の「オートクラシー」、第二次大戦の「ファシズム」、冷戦の「悪の帝国=共産主義」そして今度は「文明」の戦いなのである。十年前までは同盟国の日本に対してさえ「異質論」をかざして、遮二無二市場開放を迫ってきた。
 こうしたアメリカの独善は単純明快であるだけに強大さの根拠となってきたが、しかし一方アキレス腱でもある。これまでアメリカが敵と断じて戦ってきた相手はいずれも国家乃至政治実体であったが、今度は全く異質な宗教なのである。国家乃至政治実体であればこれまでの様に力で叩き潰せば良いが、実体のないイスラム原理主義をどうやって完膚なきまでに掃討出来るのか。ビンラーディンの捕捉殺害、それを匿うタリバン政権の壊滅に成功したとしても、イスラム復興運動が胎動しつつある現在第二、第三のビンラーディンはこれからいくらでも登場して来よう。先号でアメリカの「アイルランド化・パレスチナ化」に言及したが、神々が非妥協的に対立する宗教戦争は正統と正統の争いであるが故に抜本の解決というものがない。すべてはアメリカの中東政策の錯乱が招いた結果であるが、アメリカは迷路に陥ったと断ぜざるを得ない。


日本文明の世界史的可能性

 改めて述べるなら、今展開している戦争は本質的にイスラム原理主義とプロテスタント原理主義の宗教戦争である。先に見た様にイスラム教とキリスト教はイスラム教の創唱と共に文字通り血泥の戦いを続けてきた。それ以前はキリスト教の創唱と共にユダヤ教とキリスト教がやはり血泥の戦いを続けてきた。全く同一の唯一神、全く同型の宗教構造を持つが故に、その争いは正統と異端の戦いとなる。正統と正統の争いであれば抜本の解決というものはないがまだしも諦観というものがある。しかし正統と異端の戦いともなれば殺戮による絶滅しかない。ユダヤ教とキリスト教とイスラム教はそうしてこの二千年間殺戮に次ぐ殺戮を繰り返してきたのである。今回もまた新たな戦争を始めたわけであるが、そろそろ不毛な衝突を終わらせなければ科学と交通の発達によって地球空間が狭小になっている今日、その衝突による残害は測るところをしらないのである。
 人類は最古の四大文明から発して今日まで繁栄してきたが、その大半はユダヤ教とキリスト教とイスラム教の一神教徒の手によって担われて来た。特に大航海以来の近代は一口に「近代・西欧・キリスト教文明」と言われる様に、キリスト教徒によって担われて来た。しかしその近代・西欧・キリスト教文明も500年の繁栄を画して、科学技術から始まって人倫道徳に至るまで深刻な行き詰まりに直面している。新しい文明の在り方が根本的に問われ始めているのである。しかし新しい文明と言っても、歴史的世界においてはその主体というものがなければならない。歴史的世界における主体とは勿論国家である。ある国がこれまでの文明の在り方を抜本更新し、新たな新文明の発進基地となってそれが世界にむけて同心円的に拡大して行く時、人類新文明が産まれるのである。
 これまで人類文明の中心をなしてきたユダヤ教・キリスト教・イスラム教は比喩的に言うならばいずれも砂漠に産まれた思想である。しかし一方人類は緑豊かな森を中心として全く体系の異なる対極的な別の文明をも育んできた。例えば砂漠のユダヤ人が唯一神を宇宙・世界の実体と考え、人間を含めた天地万物は一切神の創造になるもので、歴史は創造から終末へ向かって直線的に発展していくと考えたのに対し、豊かな森に住むインドアーリア人は全く逆に宇宙・世界の実体は人間で、超越者というものも人間から隔絶した絶対者ではなく、人間を含めた天地万物のすべてと相俟って存在するものと考えた。そして人間も超越者そして天地万物も創造も終末もなく、お互いに相俟って存在しながら永遠に流転して行くものと考えた。砂漠は死の世界であるが、森は生命の歓喜に溢れる実在の世界だからである。この考えはバラモン教、仏教によってさらに発展し、仏教の伝播と発展とともに東アジアの根本思想となった。この世界観においてはすべてのものが存在しかつ存在意義を持つのである。
 日本も仏教の受容を通じてこの具体的論理を受け入れた。同じ森の文明として、氷河期の終わりと共に四海と隔絶して独自文明を育んできた自らの文明を論理的に見事に説明していたからであった。というよりも、四海と隔絶して独自に発展してきた日本文明は世界文明の原初の定型そのものに他ならず、その世界文明の原初の定型そのものがこうした具体的論理の世界だったのである。砂漠が緑に覆われていた約一万年前頃まで、世界各大陸の人々は皆同じ思想と信仰を共有していた。しかし乾燥化・砂漠化が進むと共に砂漠の思想と森の思想に分岐した。砂漠の思想の原型をなしたのがユダヤ人で、森の思想の原型がアーリア人であった。ユダヤ人の思想はその後キリスト教・イスラム教へ変容し、アーリア人の思想はバラモン教・ヒンズー教・仏教へ発展していった。しかし世界文明の原初の定型としての日本文明は四海による隔絶によって約一万年間そのまま封印保存されたまま熟成し、日本人の血肉の思想となったのである。9月の「今月の主張」で書いた様に、日本は具体的論理の世界で発展し、その原思想とは「現世主義・自然主義・国家主義」であった。歴史時代に入って三韓・シナ・インドの外来文明が流入してもその基本的性質は寸毫も変化せず、思想体系を解体して組み直すことこそなかったが、体系それ自体を日本的に変容してまったく自己のものとしてきたのである。例えば日本儒教、日本仏教は本場のそれとは似て非なるものである。キリスト教文明が近代に入って流入してきた時も同じ方法で摂取に成功することができたのであり、現在はその同化が将来の日本文明の課題として日本人に課せられているのである。
 日本文明が世界文明の原初の定型だとすると、原初の定型から分岐し枝分かれに分かれた各宗教は一旦元の根本に帰らなければならないだろう。だがそんなことは不可能であるから、日本が世界文明の原初の定型の自負と高みを以て世界文明の真個進むべき方向を指示しなければならない。キリスト教文明の日本化というのも畢竟これである。古代アーリア人が考え日本人が最も熱烈にその論理を受け入れた様に、すべてのものはそれ自体で存在することはあり得ない。お互いに相俟って存在するのである。そしてお互いが相互に永遠に繁栄していかなければならない。民族も宗教も思想も不毛な対立は相克し共存し共栄していかなければならないのである。
 だとするならば日本は今度の戦争に対し、世界文明の原初の定型の自負と高みに立って不毛な対立の調停に当たるべきであった。イスラム教ともキリスト教とも何の来歴もなく、宗教的に中立公平な日本だけがその最適任者だったのである。それをアメリカの尻馬に乗って後方支援に乗り出す構えだが、このままだとアメリカ・キリスト教国からは貢献不十分、イスラム教国からはアメリカ・キリスト教国の手先と非難されて窮地に陥り兼ねない。すでに戦争が始まった以上すべてはもう遅く、小泉政権の軽躁な対米屈服路線こそ弾劾しなければならないのである。しかしこれからまだ出来ることもある。イスラム教ともキリスト教とも何の来歴もない東アジア諸国の緊急会議を招集し、日本の後方支援が国際警察行動の一環であることを宣言し、これら諸国と共にアメリカ・タリバン政権双方に停戦を呼び掛けることである。また現在国連でテロ防止条約制定が進んでいるが、ここでもテロの概念規定をはっきりさせ、いやしくもキリスト教諸国の一方的規定が盛られることを防止しなければならない。日本は文明の衝突を乗り越えて、世界文明の真個むかう方向を指示しなければならないからである。

「新民族主義」は三浦重周氏の師弟によって運営されております。